LOGINケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。
「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」
そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。
イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――
黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。
オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。
(これは好都合ね)
ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。
「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」
「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」
「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」
しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。
「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」
「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」
イーリヤはふっと笑みを零した。
見惚れるほどの妖艶な美しさだ。
「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」
「まさか……私のような非才の身など……」
「謙遜も過ぎれば嫌味よ」
(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をどう不遜に振舞えと?)
ウェルシェとて自分の能力に自信はある。だが、いくら才色兼備の彼女でも目の前にいる
「イーリヤ様を前に私如きではとても大言壮語は口にできませんわ」
「あら、そうかしら?」
イーリヤが小首を傾げると見事な赤い前髪が首筋に垂れる。その色気と美しさに思わずため息が漏れ出そうになるのをウェルシェはぐっと堪えた。
「イーリヤ様はご自分がどれほど優れているかお分かりになられておりませんの?」
まったく、
天はこの女性にいったい何物を与えているのか。
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
「?」
「まったく分かってないって顔ね」
今度はウェルシェが小首を傾げたので、イーリヤは苦笑いした。
「入学早々、儚げな美貌で話題をかっ攫い、容姿とは裏腹に成績、魔術の腕は学年トップ。物腰柔らかい美しい所作で、性別問わずに周囲を魅了している『妖精姫』は私より有名よ」
イーリヤは商会運営と妃教育や社交などで忙しく飛び回っているので、学園にいる時間がほとんどない。それもあって学園内での話題はもっぱらウェルシェ関連で染まっていた。
「学園で一番の人気者でしょ。殿方からは特に」
「あまり嬉しい評判ではありませんわ」
ウェルシェが少しむくれるとイーリヤはくすくす笑った。どうやら学園にいなかったイーリヤの耳にもケヴィンの話は届いているようだ。
だが、これは好都合。どうやらウェルシェに対するイーリヤの心証は悪くなさそうである。
これならオーウェンの王位継承権の件でイーリヤに協力を得られそうだ。ウェルシェとしては何としても彼女に頑張ってもらいたい。
まあ、それでなくともイーリヤは公爵令嬢であり、将来は王妃になるのだから無下に出来る相手ではない。それに、エーリックと結婚すれば義理の姉となる彼女との関係を良好にしておいて損はないだろう。
(イーリヤ様個人を見ても、彼女の商会はかなり魅力的ですし)
腹黒令嬢はどこまでも打算的なのである。
「それに、優秀な手駒も多数手懐けたんでしょ?」
「えっ?」
スッと目を細めて微笑むイーリヤの雰囲気がガラリと変わった。
「オーウェン殿下から離れた鋭才達を引き込んだそうじゃない」
「――ッ!?」
「皆が愚かにも彼らから距離を取っている隙にね」
(学園にほとんど来ていないイーリヤ様が既に把握しているなんて!?)
ウェルシェの背筋に冷たいものが走った。
「だから、私の前では
「――ッ!?」
二度目の
(全部バレてーら)
ウェルシェの頬をツーッと冷や汗が伝って落ちた。
「な、何を仰っているのか分かりませんわ」
「前世でもあなたみたいなのいたのよね」
(前世? 生まれ変わりのこと?)
この世界にも輪廻転生の概念は存在する。だが、どうにもイーリヤが意図しているのとは認識にズレがあるようにウェルシェには思えた。
「サークルクラッシャーみたいなはた迷惑な女ってイヤよねぇ」
「あ、あの……イーリヤ様?」
イーリヤが次々に口にする聞き慣れぬ単語にウェルシェは戸惑う。
「ふふふ、その反応を見る限り……違うみたいね」
「違う……とは?」
「ゲームでの『悪役令嬢ウェルシェ』と乖離してるから、中身が違うかと思ったのよ」
「いったい何の話でしょう?」
イーリヤがますます謎めいてくる。
「今はまだね……もっと仲良くなったら教えてあげるわ」
だが、今のところイーリヤは説明するつもりはないらしい。
「だから、親交を深める為にも
そう言って悪戯っぽくイーリヤは笑う。噂通り気さくで親しみやすい人物のようだ。ますますウェルシェには都合が良い。
「無理を仰らないでくださいまし」
だが、お互い立場がある。
それにイーリヤを完全に理解したわけではないので、ウェルシェはまだまだ警戒を解くわけにはいかなかった。
「あらあら、さすが
「それはイーリヤ様も同じではありませんの?」
ちょっと小馬鹿にされたのかと、ウェルシェは僅かに眉を寄せた。
「ごめんなさい、別に侮辱しているんじゃないの。むしろ、感心してるのよ。あなたの猫被りは利己的な愉快犯ではなく家や領民の為でしょ?」
ここにカミラがいれば「お嬢様は正真正銘の愉快犯です」と大爆笑していただろう。ただ、グロラッハ家や領民を大事にしているのも事実ではあるが。
「さすが正真正銘の生まれついての高貴な令嬢よね」
「イーリヤ様も公爵令嬢ですわ」
「私は知識チートやキャラ能力の高さで誤魔化している
まただ――ウェルシェにはイーリヤが先ほどから口にする言葉の意味が分からない。
「イーリヤ様が紛い物?」
「ええ、そうよ」
頷いたイーリヤは、ああそう言えばと何か思い出したようにポンッと手を打った。
「私以外にも同じようなのがもう一人いたわね」
「同じようなの……で、ございますか?」
「ええ、これはお近づきの忠告。あなたの
(ヒロイン? ターゲット?)
ウェルシェには理解不能な言葉であったが、イーリヤ様は構わず続けた。
「気をつけなさい。あなたの婚約者も狙われているのよ」
「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」イーリヤの顔は暗い。「オーウェンとの婚約も回避できなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどなぁ」イーリヤは元日本人の転生者である。魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで、幼少期から猛特訓を重ねたものである。もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他できる事はなんでもやった。更には商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまった。その無念を晴らすようにがむしゃらに頑張ったのだ。痴情のもつれと言っても、イーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。「だけど、やり過ぎたせいで、あんな事になるなんて」頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。イーリヤの能力が注目され、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。&nb
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。(これは好都合ね)ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」イーリヤはふっと笑みを零した。見惚れるほどの妖艶な美しさだ。「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」「まさか……私のような非才の身など……」「謙遜も過ぎれば嫌味よ」(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をど
――ガッシャーーーンッ!!!茶器が床に叩きつけられ、無残に砕けて散った。この部屋の主が大事にしていたオーダーメイドの高級品だったのだが。もっとも、金の模様が過多でなんとも品がない。「キャッ!?」間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散する茶器を前に彼女は震えた。「ケヴィンがいったい何をしたって言うのよ!」この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの癇癪を起こしたのである。「あの子はただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じていた。だから、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。「それなのに、どうしてケヴィンだけが罰を受けなきゃいけないの!?」実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。「こんなの王妃の横暴じゃない!」我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めもなく、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家を貶める目的があるんじゃないの?」もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何の咎もないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけでは
――ドンッ!オーウェンが怒りに任せて拳を激しく机に叩きつけた。「どうして分かってくれないんだ!」今回の裁定に対し、オーウェンは憤りを隠せない。「父上も母上も貴族主義的で人の心を理解していない!」荒れるオーウェンに気づかわしげな視線を向ける男達がいた。「落ち着いてください殿下」眼鏡を掛けた怜悧な印象を受ける青髪の美形――サイモン・ケセミカ。ケセミカ宮中伯の長男であり幼少期は神童とおだてられ育った英才である。だが、イーリヤやレーキに遅れを取り成績不振に陥った。その為、一時は家の期待に応えられないと悩み苦しんだものだ。そんな彼に人の価値は学業だけではなく、能力は学校の成績だけでは測れないと気づかせてくれたのがアイリスである。「そうだぜ、俺達は最後まで殿下の味方だ」赤髪の精悍な美丈夫であるクライン・キーノンは騎士を目指す裏表の無い真っ直ぐな少年だ。しかし、彼の強い正義感が裏目に出て騎士クラス内で孤立していた。そんな愚直な性格も素敵なのだとアイリスに誉められ立ち直れた。「ケヴィン先輩は心配だけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」実年齢よりちょっと幼なく見える白銀の髪と赤い瞳のアルビノの少年コニール・ニルゲ。彼はオーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲの義弟である。彼は能力を買われて分家より養子となった。しかし、背も低く実年齢よりも幼く見える童顔のせいで侮られ、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたショタ系美少年である。アイリスは容姿で差別す
「何よ、ザマァって?」聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。「近ごろ巷間で流行っている恋愛小説のテンプレでございます」「恋愛小説ぅ?」「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」ウェルシェの主張にカミラが疑いの目を向ける。「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」「大好きよ!」胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。「それでザマァって何よ?」「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」王子様役の男を巡ってライバルの令嬢
「それでは、学園でまたお会いできるのを楽しみにしておりますわ」「あ……う、うん……また……」ウェルシェからお色気攻撃を不意打ちで食らい、エーリックがフラフラと地に足がつかない状態で帰っていく。「あらあら、エーリック様、大丈夫かしら?」その背中を見送りながらウェルシェはくすくす笑った。「あれはやり過ぎだったのではありませんか?」ウェルシェがチラリと背後を見やれば、カミラが半眼を向けていた。「ん、何の事?」だが、ウェルシェは頬に右手を添えて可愛い仕草ですっとぼける。「そんな可愛い子ぶっても私には無意味ですよ」「むぅ、カミラも可愛いの好きでしょ?」ウェルシェが口を尖らせた。そんな子供っぽい態度も愛らしく、同性であってもくらりときそうだ。「ええ、小さい頃のお嬢様はお可愛らしく、モノホンの妖精でございましたのに……」カミラはハァっとため息を吐き出して、どこで間違ったのかと嘆いた。「何よ、今だって私はカワイイでしょ。学園じゃ『妖精姫』って呼ばれてるんだから!」背中に美しい羽根が見えるって言われてるんだからと、カミラの前でウェルシェはクルリと回って見せた。拍子にふわりとスカートが舞う。その軽やかな姿はとても幻想的で絵本から美しい妖精が出てきたよう。「最近の妖精にはコウモリの羽と悪魔の尻尾が生えているとは存じ上げませんでした」だが、
「なんなのよ、あの男どもは!?」いつもは人を食ったような態度で余裕綽綽のウェルシェが、らしくなくウガァーッと喚き散らした。その叫び声にカミラはそっとため息を漏らす。「私は面白おかしく学園生活を送りたいだけなのに!」ウェルシェがマルトニア学園に通うようになって三ヶ月が過ぎた。学園生活の出だしは上々。優秀なウェルシェにとって、学業関係や学園行事を卒なくこなすのは造作もない。お得意の猫かぶりで問題なく気の合う友人も作れた。そう、全ては順風満帆……のはずだったのだが、一つだけウェルシェに誤算があった。「どうして、言い寄る男が絶えないのよ!」つまり、エーリックの危惧していた通りになってしま
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山